今回は題名の通りフランス人とイギリス人とベルギー人の友人7人と、5泊6日のイスラエル旅行に行ってきた話について書きます。ただ、日本人1人で外国人グループと旅行に行くってこんな感じだったよ、というより主に現地についての話をしたいと思います。

この旅行が終わった時、今までで1番有意義な旅行だったと感じました。何が僕にそう感じさせたのか、という視点から振り返ります。

 

なぜイスラエルか

まず、僕がこの旅行に行こうと思った理由は2つあります。1つは、周りに一切日本人がいない状況で旅行に行くというのはなかなか出来る経験ではないし、そもそも留学に来る前の自分だったら決して出来ない(語学、メンタル的に)ことだったので、自分の成長を確かめてみようと思ったからです。

もう1つは留学に来る前からせっかくヨーロッパまで行くなら、一度は中東に行こうと思っていたからです。今日、中東でのテロや内戦のニュースが流れることも少なくありません。恐らくほとんどの日本人と同じように、僕自身も正直言ってそうしたニュースを他人事、自分とは関係ないことと捉えていました。しかし、同時に他人事と捉えていることに違和感も感じていました。だったら行ってしまおうと思ったのです。一度その地を訪れてしまえば、少なくとも全くの他人事ではなくなるのでは、そう考えました。かといって将来的に中東での活動に従事したいとかそういった具体的なものは何もありませんでしたが、ただなんとなく今行っておくべきだと感じていました。

また、ハンガリーに来てからあるイラク人の女性に会いました。僕は彼女に「行ったことがないんだけど、イラクってどんな場所?」と聞いてみました。すると「とても綺麗な国よ」と答えてくれました。それは僕にとって意外な答えでした。そして「メディアの報道のせいで私の国に良いイメージを持っている人なんてほとんどいないけど、本当はとても綺麗で良い国なのよ」と、真剣に語ってくれました。僕の中東に対する興味は余計強まり、やはり自分の目で見る必要があると思いました。

しかし、実は半年以上経過していた留学生活で当初計画していた以上の出費をしてしまっていたので、これから中東に行くことはほとんど諦めていました。そんな時ある友達が80ユーロ程でイスラエル行きのチケットを見つけたという情報が入り、タイミング的にもこんなチャンスは二度とないと思い行くことにしました。

 

エルサレム編

以前にイスラエルでボランティアをしていたという友人を筆頭に、友人たちが進んで計画してくれたため、僕はほとんどただついていくだけという形でした。日本にいた頃はこうしたイベントは常に計画する側だったので、それ自体もまた新鮮な経験でした。

そしていざイスラエルへ行くという時になり、ちょっとした問題が起きていました。先に現地に入っていた友人の1人が、レバノンへの渡航歴があったせいで税関で4時間も止められていたのです。幸い結果的に無事入国することができたのですが、もう少しで返されるほどだったとのこと。僕自身も行き帰りの税関では、今まで受けたことがないぐらい執拗に質問されました。帰りの空港では友人に「携帯の写真を見られ、難民キャンプの写真が残っていたりすると厄介なことになる可能性が0ではないから気をつけて」と言われたときは、本当に驚きました。

こうした国の税関では人を判断する際には、宗教、生まれ、渡航歴、外見などにおいて徹底的にステレオタイプが用いられます。今日、差別だなんだと言われていますが、これが今の現実なのかと感じました。

そんなこんなでとりあえず皆無事に入国し、まずはイスラエルが首都としているエルサレムを訪れました。最初に衝撃を受けたのは「嘆きの壁」。多くのユダヤ教徒が壁に向かって祈っていたり、集団で聖書を唱えていたりと今まで見たこともないような景色が広がっていました。下の写真を見てみてください。少し見えづらいかもしれませんが、女性が1人も写っていません。ここでは男性側と女性側に分けられているため、僕の撮った写真には男性しかいないのです。

ここには誰でも入ることができますが、帽子がない場合ここに入る人は全員、キッパと呼ばれるユダヤ人の民族衣装の帽子を被らなければいけません。写真手前の男性のハットのような帽子ではなく、皿のように小さく薄い帽子です。これは入り口で無料で借りられます。大勢のユダヤ教徒が壁に向かって一心に祈っているその(僕にとっては)異様な光景は恐らく一生忘れることはないでしょう。

また、この壁自体もエルサレムの旧市街という街の中にあるのですが、その旧市街自体もかなり独特な雰囲気がありとてもおもしろい場所でした。個人的にこの場所の雰囲気はとても写真で捉えられるようなものではないと感じたので、残念ながら写真はありませんが感覚の記憶として今でも残っています。

この旧市街を歩いている時、面白い体験をしました。どこからかパーティーをしているような音楽が聞こえてきて、その音をたどるとある家でハウスパーティーをしているようでした。元々クラブ好きで集まったメンツだったので皆音楽好きで、しばらくその音楽を聴いていると、同じくらいの年の男の人が話しかけてきました。「何してるの?」と聞かれ「皆で旅行に来たんだ」と答えると「じゃあ俺がここら辺案内してやるよ!」と言い、軽い自己紹介なども済ませながら、彼は旧市街を僕たちに案内し始めました。

彼はユダヤ系アメリカ人だったため、まずはユダヤ教の施設に案内してくれました。ガイドブックには載っていないその施設の屋上からは、旧市街を一望できる素晴らしい眺めが見えました。さらにそのままユダヤ教の授業まで体験させてもらえました。それからしばらく街を歩き、夜には彼の友達も含め皆で飲みにも行き、充実した一日を過ごすことが出来ました。

この日を振り返りながら僕が考えていたのは、もしこれが日本人だけの旅行だったら今日みたいな一日はなかったのでは、ということです。会ってすぐの人間に「案内してやる」と言われても、ほとんどの日本人は受け入れないのではないでしょか。僕自身も留学に来る前だったら、そうした対応をしていたかもしれませんし、こうした保守的な態度が悪いとは思いません。時にはトラブルを避けるためにも重要なこともあるでしょう。

しかし、このように未知なことに対して「イェス」を言う気持ちというのはとても大事な気がします。これは僕が一年間のハンガリー生活を通して得た貴重な価値観の一つでもあります。何が起こるか分からない、だからこそエキサイティングだし、何かが起きても自分の力で対処する術を身につけられる。先のことが読めてばかりいてはつまらないと、そういう考えを大事にしようと思えるようになりました。

実際に単にローカルスポットを知れたというだけでなく、街を歩いているだけで何人もの彼の友人に出会い、ユダヤ人コミュニティの強さみたいなものを肌で感じることができ、ユダヤ教の授業を受けてみることで彼らがどういう教育を受けているのかを知り、一緒に飲みに行くことでユダヤ人である彼らがユダヤ教についてどのような考えを持っているのかを直接聞くことができました。たった一つの出会いで本当に様々な世界に触れることができたと思います。

別日にもう一度、エルサレムを訪れました。今回の目的地はここです。どん。

そう、モスクです。この建物の中にはムスリムしか入ることができませんが、建物の周りの広場には観光客である僕たちも入ることができました。

この広場には複数の入り口があり、ムスリム以外が通ることのできる入り口は一つしかなく、また入場時間や曜日も限られているため、行く方は事前に調べておくことをおすすめします。また、露出の多い格好もタブーなので夏場は特に気をつけて下さい。この広場で座ったり、男女がハグするのも禁止されているらしく、そのようなポーズで写真を撮ったりしていた観光客が注意されているのを何度か見かけました。

実はこのモスク、先ほどの嘆きの壁の目と鼻の先にあります。そしてこの広場からは至るところにキリスト教会も見えます。イスラエルという地がユダヤ教、イスラム教、キリスト教、三つの宗教の聖地であることは有名ですが、単に情報として知っているのと、実際に目の当たりにするのとでは全く違いました。上手く言い表せませんが、「ここが世界の中心か」と感じました。

同時に「宗教」とはすなわち「世界」であるのだと、宗教が異なれば世界も違うのだと感じました。それは、国が違うとか、言語が違うとか、人種が違うとか、そんなレベルの違いではなく、本当に生きている世界そのものが違う、そんな印象を受けました。それゆえ、今世界で宗教を端に起きている様々な問題の根深さも、今まで自分が思っていたよりも実は遥かに深刻なのだと実感しました。

僕たちがモスクを訪れていたちょうどこの日、悲惨な事件が起きました。エジプトのモスクでテロが起こり、235人が死亡したのです。その日は金曜日で、現地の人から金曜日はムスリムが礼拝を行う日だと聞いていました。そこを狙ったテロ。場所は違えどその日にモスクを訪れていた僕は、この偶然に衝撃を受けました。この時感じた衝撃というか、自分の中にあるこの圧倒的な違和感を忘れてはいけないと感じました。

この旅行中、様々なキリスト教関連の場所も回りました。ヨーロッパで生まれた友人たちはキリスト教徒でなくとも、やはりその精神性はキリスト教に根付いているようで、旅行中、彼らと宗教についての話をしない日は一日もありませんでした。彼らは当然僕にも日本の宗教について話を聞いてきました。大多数の日本人と同じように、僕も無宗教です。なんとなくの日本人の根底にある宗教観みたいなものに関する知識はありましたが、所詮なんとなくレベル。それっぽい説明をして終わってしまいました。

日本では友人と宗教の話を語るなんてことはほとんどないように思います。確かにこれを「文化の違い」で片づけてしまえば簡単かもしれませんが、この程度の知識しかないのはいかがなものか、と少し恥じらいを感じました。

この旅行に限らず、留学中にもクリスチャンやムスリム、ユダヤ人の友人もでき、彼らともこうした話をする機会は何度かありました。そんな時、やはり知っている事が多ければ多いほど、自分の考えを持っていれば持っているほど、その会話はより盛り上がり充実度も上がる気がするので、これから海外に行こうと考えている方は特に、「宗教」についても学んでおくと良いかもしれません。

 

ベツレヘム編

旅行中の中2日、ヨルダン川西側にあるパレスチナ自治区・ベツレヘムにも行ってきました。エルサレムからバスで向かい、40分ほどで到着しました。

この地区に入るには検問所のようなところを通過する必要があります。そこを抜けるとエルサレムとはまた違った、若干貧しいような雰囲気になります。入ってまず目に飛び込んできたのが「壁」です。これはイスラエルとパレスチナ自治区を隔てる壁で、この壁には平和を祈る様々な絵やここに生きる人たちの話が書かれています。下の写真は、右の写真の壁に貼り付けられている何十枚もの文章の中の一つです。少し見づらいかも知れませんが、是非一度読んでみて下さい。こうしたストーリーが壁中にズラッと並んでいます。

この壁沿いを僕たちはそれぞれのペースで無言で歩いていました。それから以前ここでボランティアをしていた友人のつてで、同地区にある難民キャンプの施設にも行き、その施設で活動している方に話を聞きました。その道中、そこで暮らしている小さな子供たちが僕たちを見つけ話しかけてきました。お互い言葉は上手く通じませんでしたが、それでもコミュニケーションを取ることはできました。こうした現地の人とのふれあいの大切さといったことも、この旅を通して気づくことができたことの1つです。「パレスチナ問題」としてニュースなどでこういった地域を見聞きすることは少なくありませんが、その時その場所で関わった「人」との記憶というのが、他人事としないために大きな役割を果たしてくれるのではないかと思っています。

もう一つ、深く印象に残っているものがあります。それが上の写真です。「USAID」と書かれています。街を歩いているとちらほらこの「USAID」の看板を取り付けた建物を見かけました。友人によるとこれは「この建物はアメリカの助けがあって建てられたよ」ということを示すもの、とのこと。中東とアメリカの関係も単純なものではありませんが、こうしたアメリカの「宣伝」が他国であるイスラエルのあちこちにあることに関しては、率直に言って違和感しか感じませんでした。

ベツレヘムには他にもキリストが生まれたとされる「降誕教会」などの有名な観光名所もあります。キリスト教徒でなくとも、その華美な装飾や独特な雰囲気には何か感じるところがあると思います。ただこちらもかなり有名なスポットなので、入るまでには多少時間がかかりました。

降誕教会

まとめ

今回のこのイスラエル旅行は、僕が当初思っていたよりも遥かに充実したものになりました。こんなにも色々と考えさせられ、今までのイメージが覆された旅行は今までありませんでした。唯一後悔しているのは、事前にもっと歴史などの勉強をしておくべきだったということです。行ってから疑問に思い、後から調べたことが多くあり、元々知っていればもっと違った視点から見たり、考えたりすることができたと少し後悔しました。それでもやはり、あの時行く決断をしたことはとても大きかったです。実際に足を運ばなければ分からないことだらけでした。危ないというようなイメージが先行しがちな中東ですが、本当に色々な魅力があります。知らないことだらけだからこそ、その分発見も多くめちゃめちゃ楽しめます。こうした文章で伝えられる魅力はほんの一部です。是非自分の足で行ってみて、その圧倒的な雰囲気を感じて欲しいと思います。

イスラエルの都市「テルアビブ」圧巻の景色でした
ABOUT ME
Hiromasa
神奈川生まれ、神奈川育ち。大学3年を終えてからハンガリーに1年間学部留学。「よく学び、よく遊ぶ」がモットー。